追記:赤入れを先生にしていただけましたので、いただいたコメントを踏まえて構成を見直しました。(2010/04/14)

授業で出したレポートで移民について調べました。せっかくなのでブログにしておきます。


移民受け入れに伴うホスト国の経済への影響については、歴史的に移民の国である米国においてこれまで幅広く議論が展開されてきた。

 Borjas, G., J (1994)によると、この議論は大きく分けると、1. 移住先における移民の経済パフォーマンスは高いのか。2. ホスト国民の労働市場にどのような影響を及ぼすのか。3. どのような移民受入政策がホスト国に便益をもたらすのか。というような3つがこれまで議論されてきた。
移民受入は受け入れる人材によってメリットもあるし、またデメリットもある。よく耳にする議論としては、高スキル人材の移民はホスト国に相対的に早くなじみホスト国の経済発展に寄与するが、低スキルな人材の移民はホスト国の国民と軋轢を起こし、受入に伴う社会的コストを増大させると言われている。また特に保守的な人々の主張によると、移民はホスト国の国民の雇用を奪っているという反発や批判に常にさらされている。 

ホスト国でのホスト国労働者の労働市場において、移民受入は労働市場の均衡において、労働供給曲線をシフトさせホスト国の労働者の賃金と雇用に影響を与えるという。移民労働者がホスト国労働者と完全代替である場合、以下のようにホスト国労働者の賃金が下がり、労働者余剰を減少させることになる。移民の受入によって、労働供給曲線はL0SからL1Sへと右に移動する。このとき、受入前の初期の雇用E0は受入によって全体としてはE1に増加するものの、賃金はw0からw1へと減少する。従ってホスト国労働者の雇用は賃金の低下に伴いE0からENへと減少する。

図1

一方で移民労働者とホスト国労働者が補完的である場合、以下のように双方の賃金は上がり両方の労働者余剰は増加する。両者は異質の労働サービスを提供するため競合せず、移民労働者の増加により、ホスト国労働者の労働需要曲線がL0DからL1Dへ右へ移動し、ホスト国労働者の賃金はw0からw1へと増加し、雇用もE0からE1へと増加する。
図2



ここでは、ホスト国民の労働市場にどのような影響を及ぼすのかについて焦点を当てる。Okkerse, L. (2008)によれば、労働市場に及ぼす移民の影響は以下のような方法をとることで評価できるという。

 1. Simulation-Based Analyses
1)Factor Proportions Approach
2)Computable General Equilibrium Analyses
 2. Econometric Analyses
1)Area Analysis
2)Production Theory Approach
3)Aggregate Time-Series Analysis
4)Natural Experiments

大きく分けてシミュレーションと計量経済学的アプローチに分けられるが、計量経済学的アプローチがもっともよく研究されている。研究は賃金、また移民数が多い地域の失業率と移民数や変化率との相関を分析するものが多い。さらに数多くの研究がなされている計量経済学的アプローチの中でもArea Analysisの範疇に入る研究がもっとも多い。この分野のパイオニアと呼べる研究がGrossman, J. B. (1982)であるが、Okkerse, L. (2008)には1991年から37の研究が挙げられている。

Area Analysisのアプローチは、移民数が多い地域の賃金とそうでない地域の賃金を比較すると低賃金なのか、または高失業率なのかということについて地域ごとに分析を行うものである。仮に移民が多い地域の賃金が低く、または失業率が高いのであれば、移民受入はホスト国にネガティブな影響を与えているのではないかという結論を導くことができる。

Area Analysisアプローチでは、地域ごとに集計されたクロスセクションデータ、もしくは個票データを用いて以下のような推定を行う。
式
Yは平均賃金、労働参加率もしくは失業率である。ただしiは個人、lは地域をあらわす。Xiは人口や人口密度、平均教育年数、平均年齢、女性労働者の割合などの地域ごとの特性をコントロールするための変数のベクトルである。Ziは個票データを用いるときの個人の属性をコントロールする変数である。そして、Piは働いている移民数である。

しかしこの式をOLSで推定すれば地域特性Xiの中に投入されていない重要な説明変数が抜け落ちている (omitted variables problem) 可能性があり、その場合バイアスがかかる。また内生性の問題として、移民が移住先を選ぶ際に経済状況の良い地域を選ぶかもしれないし、逆に仕事の機会を求めて経済状況は悪いけれども、低スキルな仕事でも生活できる地域を選ぶかもしれない。このように内生性の場合でもバイアスは上方、下方の両方向にかかる可能性がある。このようなバイアスを低減させるひとつの方法として、地域ダミーを説明変数と回帰させてできた残差を用いて、地域特性をさらい取ってしまうというtwo-stepアプローチを取ることができる。さらに2時点のデータが得られる場合、一階の階差をとる方法によっても内生性の問題は回避できる。ただし、一階の階差は時間によって抜け落ちている変数が変化しないという仮定が必要である。

また移民の数Piと相関するが賃金や失業率と相関しない変数を操作変数として用いて推定する方法もあるものの、操作変数を見つけるのが非常に難しい。Altonji, J. G. and D. E. Card (1991)の推定では、一階差を取るとともに、移民が流入する前の各都市に存在する移民の数を操作変数として推定を行った。その結果、低スキルなホスト国の労働者に対して週あたり賃金をおおよそ-1.2%低下させる効果があるという分析結果を得た。通常のOLS推定結果では-0.3%の低下にとどまっており、バイアスが修正されると賃金に与える負の影響は大きくなると言える。

また自然実験 (natural experiment) によって内生性の問題を解決する方法もある。Card, D. E. (1990)はキューバからの難民が1980年にマイアミにボートで多数漂着した出来事を自然実験として、その前後のマイアミの失業率と賃金について観察を行った結果、7%ものlowskilledな労働力人口が増加したにも関わらず、マイアミの失業率も賃金にも影響は与えなかったとしている。

以上のようにArea Analysisアプローチには別の問題もある。Borjas, G. J. (1999)によれば、それは地域への移民の流入に伴って、原住民が他の地域に資本や自分たち自身を移動させてしまうというホスト国の資本や労働移動の問題が存在する。つまり移民流入に伴って発生したネガティブな影響が国全体には影響しているが、地域で見た場合人口減によって労働市場は供給過多にならず均衡が保たれるという可能性である。こうした変化を観察しコントロールするのは非常に難しく、たとえ移民流入により何の変化も観察されなかったとしても、本当に変化していないのかどうかはわからない。つまりホスト国の労働市場に与える結果を分析しても、それはポジティブにもネガティブにも出てくるため、分析から得られる知見の取り扱いが非常に難しくなる。

地域に移民が流入してきた結果、原住民が他の地域に移動するのであれば、観察単位を簡単に移動できる地域単位から、簡単には変えられないと思われる産業毎や職業毎、教育年数毎のグループなど個人属性などに観察単位を変えて分析する試みも最近になって行われるようになった。

論文
データ 分析単位 手法 従属変数 結果
Filer, R. (1992)
センサスデータ(1980), 住居(1975, 1980)

郡(1,140)をSMSA(272)へと変換。移民が多いSMSA(100)と人口が多いSMSA(100)にサンプルを限定

24歳以上の男性のみ
OLS, 3SLS Native Migration and Immigration Rates 移民が多い地域にはホスト国の国民の流入は少ない(-3.34%減少)
Borjas, G. J. (2003)

1960, 1970, 1980, 1990 年のPublic Use Microdata Samples (PUMS) と1999, 2000,, 2001 Annual Demographic

Supplement of the Current Population Surveys (CPS).

教育年数から高校中退、高校卒業、大学進学、大学卒業別のグループ

学校卒業後年数から職業経験を推測した職業系県別グループ
Fixed Effect Model 年間、週別の平均賃金 と週あたりの労働時間 週あたり賃金と労働時間には−0.5%の影響年間の平均賃金には−0.9%の影響
Borjas, G., J., R. Freeman, B. and L. Katz, F. (1996)

1980年と1990年のセンサスデータ
ホスト国の労働者は1/100でのランダムサンプル

移民の労働者は5/100でのランダムサンプル
男女別、地域別、教育年数別によるグループ 一階差 男女別の週あたり賃金 分析単位によって係数の符号も入れ替わるなど不安定な結果
Card, D. E. (2001)
1990年センサスデータ 職業別 操作変数法 時給と就業しているかどうかのダミー変数 就業率へは−0.3から−1の影響、 賃金は1%の減少
Card, D. E. (2005)
1990年センサスデータ 職業別 操作変数法 Lowskillグループに限定して、時給と就業しているかどうかのダミー変数 時給には影響がなく、就業率には非常に小さなネガティブな影響
De New and Zimmermann (1994a)
西ドイツ経済社会調査1984-1989 産業別 変量効果モデル、操作変数法 ブルーカラー移民男性労働者の時給と全国の時給 ドイツ全体に対して-6.4%の賃金減少効果。移民へはさらにネガティブな効果。
De New and Zimmermann (1994b)
西ドイツ経済社会調査1984-1989 産業別 変量効果モデル、操作変数法 ホスト国のブルーカラーとホワイトカラーの時給 ブルーカラーへは-5.9%、ホワイトカラーへは+3.5%。全体的には-3.3%の影響。


以上の表はいくつかの先行研究を分析対象のデータ、分析の単位、手法、従属変数、そして分析結果をまとめたものである。ネガティブな影響がある結果、影響がない結果、そしてわずかではあるがポジティブな影響がある結果が混在している。Borjas, G., J., R. Freeman, B. and L. Katz, F. (1996)のように分析単位によって見解が異なる研究も含め、移民の流入は高スキル人材の賃金や就業率にはポジティブな影響を与えている。ただし、労働者全体という枠組みで分析するとネガティブな影響を与えるという研究が多い。

以上のように移民がホスト国民の労働市場にどのような影響を与えるのかという問いに対する答えはまだ定まっていない。
日本でも移民受け入れに関する議論は、少子高齢化問題とあいまって近年活発になっているが、歴史的叙述的議論が中心で、政策評価としての実証分析を基にした議論は少ない。
政策評価としての実証分析ではこれまで述べたように、ポジティブなのかネガティブなのかその影響をはっきりと言い切れる状況ではない。
日本では限定的ではあるが、日系ブラジル人の受け入れやフィリピン人看護士の受け入れなど移民政策が実施されている。遠い国の違う状況を感情的に議論するのではなく、この政策の評価を移民受け入れの実証分析として分析することで、日本でも今後移民受け入れに関してより冷静な議論ができるのではないかと思われる。



ALTONJI, J. G., and D. E. CARD (1991): "The Effects of Immigration on the Labor Market Outcomes of Less-Skilled Natives.," Chicago: University of Chicago Press, 201-34.
BORJAS, G., J (1994): "The Economics of Immigration," Journal of Economic Literature, 32, 1667-1717.
BORJAS, G., J., R. FREEMAN, B., and L. KATZ, F. (1996): "Searching for the Effect of Immigration on the Labor Market," American Economic Review, 86, 14.
BORJAS, G. J. (1999): "The Economic Analysis of Immigration.," Amsteldam: Elsevier Science.
— (2003): "The Labor Demand Curve Is Downward Sloping: Reexamining the Impact of Immigration on the Labor Market," The Quarterly Journal of Economics, 118, 1335-1374.
CARD, D. E. (1990): "The Impact of the Mariel Boatlift on the Miami Labor Market," Industrial & Labor Relations Review, 43, 13.
— (2001): "Immigrant Inflows, Native Outflows, and the Local Labor Market Impacts of Higher Immigration," Journal of Labor Economics, 19, 22-64.
— (2005): "Is the New Immigration Really So Bad?," Economic Journal, 115, 300-323.
De New, J. Zimmermann, K. (1994a): "Blue collar labor vulnerability: wage impacts of migration." In G. Steinmann R.E. Ulrich (eds), The Economic Consequences of Immigration to Germany, Heidelberg : Physica., 81–99.
--. (1994b): "Native wage impacts of foreign labor: a random effects panel analysis.", Journal of Population Economics, 7: 177–192.
FILER, R. (1992): "The Effect of Immigrant Arrivals on Migratory Patterns of Native Workers," in: National Bureau of Economic Research, Inc, 245-270.
GROSSMAN, J. B. (1982): "The Substitutability of Natives and Immigrants in Production," The Review of Economics and Statistics, 64, 596-603.
OKKERSE, L. (2008): "How to Measure Labour Market Effects of Immigration: A Review," Journal of Economic Surveys, 22, 1-30.
大森, 義. (2008): 労働経済学. 東京: 日本評論社.



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